特集
2023/03/10
「個の尊重」や「ダイバーシティ(多様性)」が強く求められる昨今、以前にも増して重要となってきているのが「相手をより深く理解すること」です。ただ、自分とは違う考え方や価値観を持った相手を深く理解することは、それほど簡単なことではなく、難しさを感じている人も多いのではないでしょうか。そこで役立つのが「傾聴力」です。今回は「傾聴力」のスキルを生かして電話相談員や産業カウンセラー養成講座実技指導者として活躍する水谷秀和さんに、「そもそも傾聴力とは何か」「どのように磨けばいいのか」について詳しくお聞きしました。
産業カウンセラー・傾聴アドバイザー
水谷 秀和
傾聴力とは、誠心誠意集中して相手の語りや表現に耳を傾け、最後まで聞くことができる力のことです。深いレベルで相手をよく理解し、気持ちを汲み取り、共感していく力とも言えます。
何より大事なのは、相手の気持ちにしっかり耳を傾けることです。聞き手側として、自分が聞きたいことを聞くのではなく、相手が何を話したいのかを理解し、伝えたいことをしっかりと聞くこと。これができる力のことを「傾聴力」と呼んでいます。
話を聞く相手によっては、自分の想いをうまく伝えられなかったり、言葉として十分に発することができていなかったりするケースもあります。そのため、表面的な会話を続けているだけでは、傾聴力を発揮できているとは言えません。相手にしっかりと寄り添うことで、自分自身ではまだ言葉にできていないような感情を言葉にしてもらう。そして、その人の気持ちが楽になっていく。このように相手の眠っている言葉を引き出していくことが傾聴力なのです。
現代社会においては、個を尊重することや、ダイバーシティ(多様性)がとても大切になってきています。一人ひとりの人間が持っている意志や感情を理解し、尊重する風潮が高まってきており、これまで以上に「傾聴力」が重要になってきているのです。
さまざまな会社や学校、家庭などで、いじめや虐待、ハラスメント、自殺などの問題が発生しています。その背景には、多様性が重んじられる現代でも、一人ひとりの考え方や思いが十分に理解されず、社会に受け入れられていないという現状があります。どれだけ自身の窮状を訴えても、それが届かない、聞いてもらえないと感じる人が増えているのです。孤独や苦悩を深めている人がたくさんいる中で、こうした人たちを救う手立てとして大きな役割を果たすのが「傾聴力」です。
また、人の発育には「話すこと」「表現すること」が欠かせません。話したことを相手に理解してもらうことで、人間は発達・成長すると言われています。傾聴力は人の成長に不可欠であり、呼吸や新陳代謝と同じような力があると考えられています。自分自身をより理解してもらうことが、成長につながっていくからです。もしこれがシャットアウトされてしまえば、芽が摘まれてしまう。そうならないように、いかに芽を伸ばしていくかがとても重要になるのです。
最近では、企業においても「心理的安全性」「1on1ミーティング」などが注目されています。部下の話を遮ることなく、上司がしっかりと耳を傾ける。こうした場を設けることで、部下の方たち自身もさまざまな気づきを得ることができます。このように「傾聴力」はビジネスシーンにおいても重要性を増してきているのです。
傾聴力を身に付けるメリットの1つ目は、「信頼関係の形成」です。「自分の話をきちんと聞いてくれている」と受け止められることで、その相手とより強固な関係性を築くことができます。「この人は安心して話ができる」と思ってもらえることが大切です。
メリットの2つ目は、苦悩や困難から抜け出したり、沈静化したりする効果です。苦悩や困難を一人で抱え込むのではなく、自分の言葉にして相手に聞いてもらうことができれば、気持ちが安らぎます。ふさぎ込んでいた気分が和らぎ、外に一歩踏み出す勇気を与えることにもなるはずです。また、自己探求を促進することにもつながるでしょう。自分だけでは得られなかった気づきを獲得できたり、自分自身をより理解し、自己分析を深めたりすることで、特徴や強み、自分ならではの価値観などが明確になることが期待できます。そして、自分自身をこのように変えていきたいという気持ちが生まれ、その後の行動にも変化が出てくるはずです。
人に話を聞いてもらったという自己肯定感は、心の中にポジティブな気持ちのスペースを作ります。そのスペースができることで、心の中に少し余裕ができ、色々なことが考えられるようになります。そして、自分自身を内省することで、新たな気付きにつなげていくことができます。また、人間がもともと持っている自然治癒力や自己成長力がより発揮しやすくなるでしょう。
傾聴力を高めるためには、まず相手を尊重することが大事です。相手のために聞く、自分のために聞くのではないという認識を持つようにしましょう。聞き手側は、固定観念にとらわれずニュートラルな姿勢で聞くことを心掛け、評価や決めつけは一切しない。一番大切なのは誠実さであり、相手をそのまま受け止める。相手の視線で気持ちを正確に理解しようとする態度が大切になります。
相手の目を優しいまなざしで見て、余計なことは言わないのが基本です。うなずきや相槌は「ゆっくり大きめ」を意識します。うなずきにも色々なバリエーションがあり、「よく聞いていますよ」と伝えたい時には小刻みなうなずきを、納得感があった時などは「そうなんですね」という意味を込めて大きめのうなずきをします。しゃべるスピードはゆっくりめで、落ち着いた雰囲気を出します。これは大事だと思うキーワードを言い返す「伝え返し」や、感情的な言葉を受け止めて返す「反射」なども随所に盛り込むようにしましょう。
相手の話をじっくりと聞き、その人が抱える問題が出尽くしたところで、それに対処する目標を一緒に探っていきます。その後は目標を達成するために一緒に動き、最終的には自分自身の力で問題を解消できるようになることを目指します。ぜひ自分自身の「傾聴力」を高めることで、身の回りのさまざまな問題の解決に役立てください。